私が大学に行くためにアメリカに来たのは、かれこれ20年前。日本の高校を卒業したばかりで、英語もろくにはなせず、しかも選んだ大学は日本人がほとんどいない田舎町にある小さな大学。夜に寮から外に出てみると、暗闇から不気味な「ムー ムー」という声が聞こえてきておびえていたら、実は近くにある牧場の牛の声だったんです。牛の声が聞こえてくるなんて、東京近郊育ちの自分には想像もつかない!ことでした。
でもその牛の声以上にびっくりしたのが、アメリカに住むという事とコミュニケーションの難しさ。私のアクセントの強い英語は通じない、相手の言ってることが分からない、なかなか友達ができない。自分の事をわかってもらえない。白人だらけのアイオワの田舎町ある大学生たちのほとんどは、日本についての知識なんて全くゼロ。卒業するためには馴染むしかない、と必死でした。そんな環境で4年間過ごした自分を今振り返ると、異文化に住むということがいかにストレスをもたらしていたかをひしひしと思いだします。
人間というのは、基本的に変化を嫌う生き物です。私たちは普段は家族や親族、親しい友達、住み慣れた街並み、いつもの日課になんとなく支えられて生きています。生活に変化がありこれらの支えがなくなった時、「知っていること・コントロールできるもの・予想がつくもの」が減ります。多くの人達はこの「不確実さ」をストレスと感じます。そのため、生活に変化のある時というのは、自分の「ストレスに対する感じ方」を考えさせられる時、またはストレス耐性を試されている時、ということになります。
引越、出産、離婚、死別など、私たちに変化をもたらす出来事はいくつもあります。その中でも、海外に引越して住むというのはかなりのストレスを生ずる出来事です。今までの生活と勝手が違う事が山ほどありますから、もどかしい思い、恥ずかしい気持ち、そして時にはさみしさや不安感も感じるでしょう。
ニューヨーク在住の乳幼児を持つ日本人の母親を対象として行った研究(1)では、異文化で暮らすことの辛さがありありと結果として出ています。NY在住日本人母親200名を対象にしたこの調査によると、53.6%が海外での子育てをストレスと感じ、34.7%が母子とも「孤立」していると感じています。また、調査に参加したNY在住日本人母親の約3人に1人は精神科関係の受診を要していて、「家族と離れている」ことと「子どもの教育」を関連要因としてあげています。
「異文化ストレス症候群」という言葉を生み出した栃木県精神保健福祉センター所長の大西守氏は、海外に住む邦人が「ストレス反応としての身体症状」に注目することの重要さを説いています(2)。慣れない異国での生活の中で起こるストレスが、体の不調として表現されることが多々あるからです。体に不調が出た場合、ストレスや心理的状態との関係を考慮することで体調不良の裏側にある問題を探り当てられる事があります。それが回復につながるわけです。アメリカ合衆国ミネソタ州にあるメイヨ―クリニックによると(3)、私たちの体は以下のような症状を通してストレスを知らせてきます。
体への影響:
頭痛
筋肉の痛み
疲労感
胃のむかつきもしくは腹痛
不眠
胸痛
性的欲求の変化
精神への影響:
不安感
情動不安
意欲の軽減
やイライラ感や憤り
悲しさやうつ病
行動への影響:
食欲の変化(食べ過ぎもしくは食欲減少)
怒りをあらわにした言動
タバコ、薬物、アルコールの使用
社会的孤立、引きこもり
体を動かす量の軽減
もしあなたが「アメリカにいることでストレスを感じている」または「思い当たる症状がある」と思った場合、まず一番最初に覚えていてほしいことは「あなたのせいではない」ということ。自己管理ができていなかったから、自分がしっかりしていなかったから、というような自分を責める考え方はやめましょう。それよりも、自分がストレスを感じていると気付いてあげることが自分を変える第一歩、と考えましょう。それは自分への優しさにもつながります。
異文化ストレス解消法・対処法として、以下の事をお勧めします:
· 環境調整――今の生活の中で、何か変えられるものはありますか?例えば、新しく知り合いのできる場を積極的に探したり、育児の責任分担を見直す、大学のスケジュールを見直す、または自分の時間をスケジュールに組み込む、など。また、語学力が問題なのであれば、英語のクラスをとってみるのも一つのアイデアです。
· 適応力を高める――もしかしたら、今は環境や役割を変えることはできないかもしれません。その場合、「今の環境をどうやったら違った視点から見れるか」を考えてみましょう。シングルマザーで二つ仕事を掛け持ちしストレスをためていた友人が、ある日お店に入った時貧しい国出身の店員から「私も二つ仕事をしてるの。二つも仕事がもらえるなんでラッキーよね!」と笑顔で言われ、はっとした、といっていました。今あなたにストレスをもたらしているその環境を、ほんの少しでもポジティブに思える視点はありますか?
· ネガティブな頭の中の独り言に注意――頭の中で「私ってダメだな」「こんなこともできなかった」と自分に対してネガティブに話しかけていませんか。認知行動学によると、ネガティブな独り言はネガティブな気持ちを私たちの中に生み出します。ネガティブは独り言に気づいたら、現実的かつポジティブな独り言に入れ替えてみましょう。(例:「こんなこともできなかった」 「今まだ私は学んでる最中だから、できなくて当たり前。」)
· 感謝の気持ち――様々な心理学の研究が「感謝の気持ち」はストレス軽減と気分の向上に効果的であると発表しています。夜寝る前、その日あったことの中で感謝できることは何か、毎日3つ書き出してみませんか?自分の中でありがたみを感じることであれば、「晴れた良い天気だった」など小さなことでも構いません。
もし自分で改善方法を試してみてもストレスの症状が改善しない場合は、専門家に相談することをお勧めします。異文化の中に住むというのは、人生経験が豊富になり自分が成長できるチャンス。あなたが異文化ストレスを解消・対処し、アメリカでの生活をエンジョイできることを願っています。
参考文献:
(1)Nobuko OZEKI, Masashi MIZUGUCHI. “Japanese Mothers Living in New York with Young Children : Transcultural and Child Rearing Stress Factors and Mental Health.” https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspog/12/3/12_KJ00004838705/_article/-char/ja/
(2) 大西守:‘’海外在留邦人のメンタルヘルスケア’’ http://www.jomf.or.jp/report/kaigai/18/010.htm
(3)Mayo Clinic. Stress Symptoms: Effects on your body and behavior. https://www.mayoclinic.org/healthy-lifestyle/stress-management/in-depth/stress-symptoms/art-20050987?pg=1
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